雛人形の豆知識

■お雛様を選ぶとき
お顔をよく見る
人形は顔がいのち。 お雛様を選ぶとき、いちばんのポイントとなるのは「お顔」です。
お雛様のお顔は頭(かしら)と呼ばれ、昔から頭師と呼ばれる職人が伝統の技を駆使して作ります。さらにこの頭は大別して京都系の「京頭」と東京系の「江戸頭」、ふたつの系統に分かれます。
京頭は、雅やかな宮廷文化をほうふつとさせる、古風で、おっとりした表情、品のある端正なお顔だちが特徴です。
一方、江戸頭は、江戸時代に人気を博した古今雛の流れを汲み、切れ長の目の愛らしく優しい写実的なお顔だちが特徴。おひなさまを選ぶときは、京頭と江戸頭、このふたつのお顔だちの特徴を覚えておくとよいでしょう。ひとつひとつのおひなさまのお顔をじっくり見比べて、ご自分の気持ちにぴぅったりするお顔を選んで下さい。
| ■お雛様を飾るとき 飾る場所を工夫して おひなさまはお節句の二~三週間前、二月中旬までに飾りましょう。昔から一夜飾りといって前日に飾るのはタブーとされています。飾る場所は、お部屋の中でも直射日光の当たらないところに。直射日光は、衣裳の変色、退色の原因となります。 お顔や金具に直接触れない お雛様を飾るとき、しまうとき、お顔や手、金具などに直接触れないように注意しましょう。指の脂分が、お顔や手の汚れ、金具のサビの原因になります。手をきれいに洗い、薄手の手袋を着用、またはきれいな紙や布を利用して大切に取扱いましょう お手入れは羽根ばたきで おひなさまを飾っている間の普段のお手入れは、取扱いに気をつけながら羽根ばたきで軽くホコリをはらいましょう。 |
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ホコリをはらってから、しまう
一度風にあててから羽根ばたきでホコリをはらい、しまいましょう。衿や袖口、裾の合わせなど細かい部分は、よく洗って穂先をくずした小筆を使ってていねいにはらい落としておきます。
薄紙で包んで守る
お人形をしまうときは、やわらかい白い薄紙を頭の後ろからあて、髪型をカバーするように包み込みます。お顔の部分は、さらに折りたたんだ薄紙を重ね、最後に細長く切った紙をお顔にあてて後ろに回し、ねじってとめます。
形くずれを防ぐ
衣裳着人形の袖や袂には、ふくらみがつぶれないように、薄紙を入れておきます。お人形は一体ずつ薄紙で包み、箱に並べたら、それぞれのすき間に包装紙などで丸めた詰め紙を軽く入れて形くずれを防ぎます。お人形の塗り台は、布で拭きm、台の表と表を合せてそのすき間に薄紙を一枚はさんでしまいます。
人形専門の防虫剤を
防虫剤は衣類用の防虫剤、乾燥剤ではなく、人形専門の防虫剤を一種類に限って使いましょう。保存場所は、湿気が比較的少ない、また乾燥もしすぎない押入上段や天袋が適しています。秋に一度、陰干しできれば万全でしょう。
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《親王》昔、京都の御所が南を向いていたことに由来し、右が御殿様、左が御姫様でしたが、都が江戸に移り、江戸末期に鎖国が解け外国の文化が入り、現在に至ります。しかし京都では今でも千年の歴史を尊び、昔通りの並べ方でひな祭りを祝います。ですから、どちらの並び方も間違いではありません。
《三人官女》三人官女は御殿様とお雛様のお世話をします。真ん中の官女は既婚者ですので、眉毛はありません。
《五人囃子》舞いや踊りが催される時に、お囃子を務める五人囃子は、お抱え管弦楽団といったところでしょうか。左より、太鼓・太鼓(大皮)・太鼓(小皮)・笛・唄い(扇)と並びます。
《随身》随身はお内裏様をお守りする役目で、今でいうおまわりさんや、ガードマンといったところです。向かって左が若い右大臣、右がお年寄りの左大臣です。
《仕丁》御殿様、御姫様がお出かけの時の従者の役を務めるのが仕丁です。向かって左が怒り顔・真ん中が泣き顔・右が笑い顔と並びます。世の中には笑えるような楽しいこともいっぱいありますが、泣いている人のように悲しいことも、時には怒らなければならない時もあります。仕丁は、人間の喜怒哀楽を表しています。
| ひな祭りの由来 |
| 三月三日、女の子の節句になったのは、江戸時代から。平安時代、宮中で三月の上巳の日(三月最初の巳の日)に曲水の宴が行われていました。これは盃を水の流れに浮かべて身の穢れを祓うもので、ひな流しに関係あるとされています。この行事が江戸時代になって三月三日に一定しひな祭りがこの日になったといわれています。 また、ひな祭りは当初、女の子の節句とは無関係でしたが、江戸中期ごろから女の子の節句の行事となったようです。その後、娘が嫁ぐ時にひな人形を持たせ、嫁入り後の初節句n飾る風習が生まれました。 しかし、三月三日ひな祭りが女の子の節句として全国的に広がったのは比較的歴史が新しく、明治時代になってからです。このようにさまざまな歴史や伝統を経て、我が国特有の雅やかでゆかしい行事としてひな祭りは生きつづけているのです。 |
| ひな人形の由来 |
| ひな人形の起源は古代まで逆のぼれます。「ひとがた」という人の形をしたもので草や紙、土でつくり、身のけがれや禍いをこれに託して川や海に流しました。「身代わり信仰」というカタチでした。 中世になると「にんぎょう」と呼ばれるものになり、同じ頃宮中で「ひいな遊び」が始まりました。人形もだんだんと立派に華やかになったため川に流すのをやめ、毎年飾るようになりました。ひな人形は、このように「ひいな遊び」の楽しさと「身代わり信仰」の祈りが次第にとけあったところから生まれたといわれています。 ひな人形が発展したのは江戸時代からで、段飾りが見られるようになったのもこの頃です。それ以前は、毛せんの上に内裏雛と紙雛を並べるだけでした。その後、公家の正装の形どった座り雛が流行し、調度品や諸道具が加えられ、今日の様式に近づいたのは江戸時代も中期ころからです。 |











